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2007年09月29日

●8月のTOEFLpBT結果。

風の噂…というかmixiのコミュでちらほら報告されていたように、
やっとこさ先日のトーフルのスコアが手元に届きました。

実は電話で聞こうとかと何度かやっていたのだけど…
何故か「現在使われてマセン云々…」で繋がらなかったのが幸いしました。(笑


で、、

結果は593点とキタ。(苦笑


…やっぱりね。
やっぱり。やっぱし。。





こういう結果は、ぶっちゃけかなり想像できてました。w

だって、あのリーディングはちょっといぢめ(…ボッタクリ?)入ってますから、ETS殿。(苦笑


ちなみに…一番良かったのがリスニングの61とかかなり謎です。。

あとTWEは普通に4でした。


寝不足でよくぞ、ここまでできた…とかいうある種の達成感は多少あります。
でも、、ほんとは快眠できてても、そういう差は実に微々たるものだと思うのですよねっ。

まず、今回の敗因(?)はノー・ダウトであのリーディングでしょー。
もう一回受けたら、「600超えできる自信」はだいぶあります。。

でも今回の結果で、とりあえず志望予定の大学のうち2つはラインを突破できました♪
そして何より…某奨学金申請の要求スコア(587点)をクリアしたのは大きな収穫


こういう結果な為、11月のpBTは「消極的」ながらけっこう迷ってます。(笑
来年もpBTがあるのならまず受けないけど、IELTSに賭けるというのも相当きつい。w

2007年09月28日

●ヘイリーのコンサート♪

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今朝、5時過ぎに起床。(関係なし、、


朝○新聞の朝刊を開いて…

コンサートの広告の中に、「ヘイリー」(写真)を発見…!

しかも名古屋(愛知)でコンサートときたっ…!!

追加公演が決まって、そのチケットは余りがあるそう。。。


時間がなかったので、とりあえずその場は踏みとどまり?ました。

…で、空き時間に大学のPCからやっぱり速攻でチケット購入しちゃいました。(笑


Hayley Westenraというか、日本では「ヘイリー」(なんか”ベッキー”みたいなノリ…)として知られる彼女。ちょうど、自分がNZにいたころにデビューして、ファースト・アルバムが大ブレイクしました。

それから英国など英語圏はもちろん、日本でも活動を開始したのが数年まえから。。

彼女のアルバムはファースト、セカンドの2枚を持ってるものの、実際にあの「ピュア・ヴォイス」をナマで聴いたことはなかったのですけど。。


とんでもない機会がやってきたもんです


ヘイリーは今もう20になったのだったっけ…
まだティーンエイジャーなのかな??とか思いつつ、、

実物の彼女を見て、そしてあの歌声を聴くことが今から楽しみ♪


2007年09月24日

●中村哲さん講演会。

ペシャワール会」現地代表の医師、中村哲さんがまた京都に来られるらしい!

「環境保護」だとか「途上国支援」だとか、「人道支援」だとか…
そんな言葉を超えた活動を、かのアフガニスタンの地で行っている中村”先生”。

また中村先生のお話を聴いて、日本を、自分を見つめなおす機会にしたいです。w

(以下、ピースウォーク京都からの引用)
★―★ 中村哲さん講演会2007のご案内 ★―★
     ― アフガニスタンからの報告 ―

~命をつなぐ麦の大地・戦争支援をやめる時~


●11月25日(日)開城13時30分 開演14時
●入場無料

●会場:京都ノートルダム女子大学 ユニソン会館
http://www.notredame.ac.jp/campuslife/map.html
 (地下鉄・北山駅1番出口・徒歩5分)
  駐車場はありません。公共交通機関を利用ください。

●主催:ピースウォーク京都
  連絡先 090-6325―8054
   peace@pwkyoto.com http://pwkyoto.com/
●後援:京都ノートルダム女子大学

●当日のカンパは講演会運営費を除いてペシャワール会に送らせていただきます。


【中村哲さんの言葉より】

マルワリード用水路が平和の一里塚となることを祈ってやまない。

「水と緑の回復こそがアフガン復興の礎」
と戦乱と干ばつの中、黙々と掘り続けて苦節4年。

武力一点張りの世界の潮流の中で
この用水路が平和の逆潮となることを願って
私たちは4月23日、第2期7キロの工事を開始した。

これは現地農民と一体になった汗の結実であり、
日本の良心の結晶となろう。


【ピースウォーク京都からの呼びかけ文】

 中村哲医師は22年間にわたって、パキスタンとアフガニスタンで
ハンセン病医療をはじめとした医療活動を続け、
この中村さんの活動を「ペシャワール会」が支えてきました。

 私たちは2001年の冬から、これまで6回の講演会を開催してきました。


★大干ばつと戦争、井戸を掘り食料援助を行う

 2001年、アフガニスタンは大変な飢饉に直面していました。
前年の2000年夏に大干ばつがおこり、1200万人が被災して
400万人が飢餓線上をさまよっていたのです。

中村さんは「まずは生きておれ、病は後で治す」と、
飲料水確保のための井戸掘り事業に着手。
同年7月より1年間で600本の井戸を掘り、20万人の飲み水を確保し、
さらに400本の計画が進行中でした。

 ところが大干ばつから立ち上がろうとするこの国の人々を、
さらなる悲劇が襲います。2001年9・11事件後、アメリカは報復と称し、
アフガニスタンに大規模な空襲を始めました。

大干ばつに加えた戦争で、
人々がさらに絶望的な状態に追い込まれたこの冬、
中村さんは、日本中を回り食料援助のためのカンパを訴えました。

 日本で集められた「命の基金」1億5千万円で、
1800トンの小麦粉と170キロリットルの食用油が
、空襲の中で直接アフガニスタンの人々に手渡されました。


★農村復興のために用水路建設に挑戦

 アフガニスタンは、人口の8割以上が農民という伝統的農業国です。
戦乱のなか、農村の復興こそが重要だと考えた中村さんは、
大河、クナール川から取水して干ばつにあえぐ高台を潤すという
大事業への挑戦を決意します。
これは何の後ろ盾ももたない日本の一民間団体の挑戦でもありました。

 技術的にきわめて困難で、しかも資金も人手もかかるといわれた工事は
2003年3月に開始されました。
現地農民のべ38万人と日本人30数人が工事に携わり、
2007年4月16日第1期工事が完成しました。

総工費は約9億円、全てペシャワール会会員の会費と
支援者の寄付によって賄われました。
この用水路の完成により、砂漠化した無人地帯に多くの村が復活しました。

 中村さんは、用水路建設にあたって、
近代工法ではなく、アフガニスタンの伝統的な石工技術と、
日本の古来の知恵をふんだんに投入しました。
コンクリートを多用したものでは、
壊れたときに地元の人では直せないからです。

地元の人が、手にある技術と身の回りにあるもので、
維持していける運河がめざされました。
さらにこの工事は難民対策や失業対策になっただけでなく、
軍閥や米軍への傭兵化を防ぐ役割も果たしました。


★戦争支援ではなく命のための支援を

 今現地では、「テロリスト討伐」の名で駐留する米欧軍が
4万人以上(2002年の3倍以上)に増派され、戦火が激しくなっています。
日本ではテロ特措法の延長が問題となっていますが、
アフガニスタンが国際社会に訴えていることは、
国民の半分がまともに食べることもできないという現実です。

 「武力一点張りの世界の潮流の中で、
この用水路が平和の逆潮となることを願って、
私たちは4月23日、第2期7キロの工事を開始した。
これは現地農民と一体となった汗の結実であり、
日本の良心の結晶となろう。」と中村さんは言っておられます。

 ぜひ、アフガニスタンからの生の声を、
ほとんど報道されることのない現地からの声を聴きに会場へお越しください。

2007年09月20日

●"TEHANU"の読後感。(微妙にネタバレ、

ゴア氏の著作を読んでから読み始めたので、
気付いたら5日程度しか経ってないのですが…

今朝、『アースシー物語』(ゲド戦記)の第4巻、"TEHANU"を読み終わりました。w


なんでこんなに早く、しかもあのル・グウィンさんの本を読めたのかは謎だけど。。
まず、足掻きながらも(笑)『地球の掟』の原書を読み終えたことが影響してそうです。(と思う

あと、たぶんこの4巻はストーリー・登場人物もシンプルに描写されていたんでしょう。
その点で、前作の3作品よりもずっと読みやすかったのかも♪

何より…洋書をこんなに早く読めたのは初体験


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"THE FARTHEST SHORE"(第3巻)を読んだ後でわかりましたけど、ジブリ映画の『ゲド戦記』はこの4巻"TEHANU"もごちゃ混ぜにしてストーリーを作ったんですね。(笑
どうりで、映画は「?」な部分があったし、解釈に難しかったワケです。。

4巻のストーリーはいたってplainというかシンプル。
物語はテルーと、未亡人となったテナーを中心に語られ、、我らがゲドは後半にならないと出てきません。w

しかも…「大魔法使い」ゲドは、この4巻ではもはや、ただのおじさん。。。

でもこの4巻の良さは、ゲドが「ただのおじさん」になって、「アテュアンの大巫女」だったテナーも「ただの未亡人」となったことに秘密?がありました。

ゲドとテナーが「ただの男女」となって、長い年月の後に、ついに互いの感情と愛を暴露する場面は感動しました。

テナー: 「私が結婚すると聞いて、あなたは怒ると思っていたのに!」
ゲド: 「俺は怒っていたさ。」

このやり取りの中のゲドに、自分も共感しました。(苦笑
テナーは、絶対に結婚してないと思ってたのに…。


ちなみに、この4巻で「魔法」はほとんど出てこないし、そもそもゲドは「魔法」を使えません。この『アースシー物語』は『ハリー・ポッター』や『指輪物語』とは全く違う視点の作品です。

アーシュラ・K・ルグウィンの意図を読み取るのは簡単なことではないですが…

たぶん、彼女はこの『アースシー物語』を通して、「魔法を使わない」大魔法使いを通して、、生身の人間の無力さ、醜さと、それゆえの強さと美しさ、自然と人間、人間と人間の調和、その必要性と素晴らしさ、、などを伝えようとしているのだと、自分はいま考えています。


”竜は夢を見ない、彼らは夢そのものだから”


2007年09月19日

●Missy&Janne♪♪

けっこう久々の(洋楽)CDレビュ~。(笑

なんだか、wreckersのアルバムを買おうとしたらひたすら「入荷待ち⇒在庫切れ⇒入荷待ち…」のサイクルで待たされましたよ。(HMVのネットショップで、

おかげで同時に買おうとしたCDもずっと聞けず…というか入手できない状態でした。

でも…
とりあえず、今回のチョイスは大正解です♪



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MISSY HIGGINS "THE SOUND OF WHITE"

LIVE EARTH(シドニー会場)でミシーのライヴを見て、イッキに虜になりました。w

彼女はデルタと同じように、ピアノ弾き語りのシンガー・ソング・ライターです。

「オーストラリアの歌姫」デルタ・グッドレムは透き通るような歌声と歌唱力が魅力ですけど、同じくオージーのミシーの歌には”力強さ”と同時に”切なさ”があって、歌の上手さは言うまでもなく、ピアニストとしての腕前も相当なものだと思います。

何より、さすがSSWというか、特に"the special two"などの歌詞は素晴らし過ぎます




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ROOM ELEVEN "SIX WHITE RUSSIANS AND A PUSSY CAT"

正直に言います…

「ジャケ買い」。(笑

でも、別にレビューを全く見なかったワケじゃなくて、、
ポップスだったから失敗は少ないと思ったから。

事後報告?を言うと…このアルバムは良い◎です。
特にヴォーカルのジェーン姉さんのヴォイスが最高っ

聴けばわかる類のアルバムだと思いマス。
「午後の紅茶」でも片手に(笑)…リラックスできる1枚♪

2007年09月15日

●"EARTH IN THE BALANCE"完読。

アル・ゴア氏の著作、"EARTH IN THE BALANCE"(2006年改訂版)を、きのう(一応)読み終わりました。
訳書の『地球の掟』は去年読んでいたんですが、難しい箇所(ほとんどが、そんなに重要な箇所とは思わないけど…)は原書であれ、訳書であれ変わらないと感じました。

ただし、やはり原書だとナマ(英語)の人名、地名、機関名などで読めるのでスラスラ…とはいかないまでも事実が頭に入って気安かった気がします。

もちろん…分量が多く、フォーマルな「論文」に近い内容の著作なので、かなり英語のお勉強にもなったと思います。「こんな単語があったのか…」的な経験の連続でしたけど、ほとんどは文脈から想像できるし(というか日本語訳も読んでるのか)、irrigation(かんがい)、salinazation(塩化)、gargantuan(膨大な)などの新しい語彙も学びました。w


ともあれ、、
歴史学、人類学、政治学、経済学、生態学、心理学、物理学、哲学(etc..)などあらゆる分野で説得力のある事柄を論じて、global environmental protection(地球環境保護)とcrimate crisis(気候危機)の緊急性を訴えるゴア氏のゆるぎない知性・知識と熱意には脱帽します。

どんな「暴君」や「スキャンダル」が飛び出してくるにせよ、このゴア氏のような優れた「総合力」のある人物、それも元アメリカ副大統領、上院(国会)議員を生み出せる欧米の環境はすごいな、と思います。。
日本だとまず考えられないのかもしれないけど、ダ・ヴィンチやアリストテレスのような「万能人」というか「ジーニアス」の系譜を、少なからず継承している人物が、海外にはいるんだと実感させられます。


一部でU.S.Role(米国の役割)とうたって「アメリカが、アメリカこそが環境保護で世界をリードするべき!」と説いているところは日本人にしてみると複雑ですけど、この著作はNew York Times発行ということで何よりもまずアメリカ国民に環境保護を啓蒙しているワケです。

「あの大統領選挙でもしも…」ということは常に読者の頭をよぎりますが、ゴア氏はやはり大統領にならなくてよかった、というかならなくてもよかったと個人的には思います。


…立場は(基本的には)関係ないんです。

『不都合な真実』(映画・書籍)や今年7月のLIVE EARTHでの世界への強烈アピール。

ゴア氏の「使命」への熱意は"EARTH IN THE BALANCE"を書いた時点で、不動のものになっていました。

これからも、この「ジーニアス」からは目が離せないし、「地球市民」も負けちゃいられません。(笑

2007年09月14日

●北海道ツーリング:7(8)日目(利尻島~稚内~札幌)

7日目はまたまた完全な移動日。
レブンをフェリーで後にして、稚内から特急「サロベツ」で札幌へ…という大移動でした。


札幌では帰りの(太平洋)フェリーの便の関係で2泊することに。
中心部の名所と北大を回ったのだけど、大学の総合博物館では「サプライズ」がありました。w

ちなみに札幌で一番気になったのは、、「歩車分離信号」の多さ。(汗
その結果、自転車乗りにとってすこぶる混乱する街でした。(この辺は、悲しいかな日本らしい…

とりあえず、直射日光だと暑かった
というのが札幌というか「夏の北海道」の印象でした。(笑

まあ、天候に恵まれまくったということの、裏返しでもあるのだけれど。。


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以外に目立たない所にあった「札幌の時計台」


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北海道大学構内にて ”ボーイズ・ビー・アンビシャス!” ”ビー・ジェントルマン!”のアノ人


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総合博物館では日仏共同企画の「ファーブルにまなぶ」展という展が示あった
レンチェル・カーソン誕生100年の記念パネル展示も偶然にやっていて、すこぶるラッキー♪
事前に何も知らなかったけれど、これには何か自分との縁のようなものを感じる。。

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欧米の大学っぽさ抜群の北大の構内 フツーに羨ましい、、


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一応あの「イチョウ並木」… 夏だとほとんど気付かない


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赤レンガの旧市庁舎(たしか


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大通り公園の西端にある旧裁判所の窓から

2007年09月13日

●北海道ツーリング:6日目(礼文島)

別に早く起きるでもなく…7時半ごろに民宿で朝食(ホッケの塩焼きなど)をいただく。

前日に入念?に計画を立てたとうり、、
船泊から10KM以内の距離のスコトン岬まで行き、道路でかろうじて行ける澄海(すかい)岬までBD-1で。
その後はあの名高い遊歩道の「8時間コース」の半分くらいまでを歩いて、また引き返す計画でした。(苦笑


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礼文島最北端のスコトン岬までの約10KMは離島っぽい快適な道


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遠くに見えるのは「トド島」という無人島 船で上陸もできるらしい…


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打ち上げられたサカナ??のように見えるモノはアザラシ…!


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「スカイ」岬のユニークな景観 でも残念なことに…


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漁師さんの言う「草」が茂って、海底の多くが覆われてしまっていた


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「8時間コース」の中盤(?)でやっと島の東海岸に抜けたところ 
左端に見えるのが遊歩道の道(結構危ない…


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「8時間コース」の最難所!? 急坂(というか半分ガケ、)を下る


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…個人的に「難所」だった、デコボコの海岸を通り抜ける「道なき道」
でもまるで「川のように」底が見える海の透明度にただ驚いた
なんとか折り返し地点の宇遠内(うえんない)」に到着、、


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「だからコレ日本じゃないって…」的な風景
結局あの”ガケ”を昇るのはあり得ないと結論して、林道を経由して香深井まで抜けることに

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香深井から紆余曲折を経て(島のおばちゃんの車に乗せてもらったり、バスに乗ったり、、)…
愛車"スノーホワイト"の待つ西上泊まで、なんとか戻ってこれた(汗


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民宿の人に「夕日を見に行きません?」と聞かれ、即答でYES!
他の2人の宿泊者(笑)と一緒に丘の上でたたずんだ夕暮れ時


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メバルの刺身、ホッケ料理、カニなど、レブンの海の幸をとことん堪能できた「海憧」の夕食


2007年09月12日

●北海道ツーリング:5日目(利尻島~礼文島)

北海道に上陸して初めて(苦笑)くらいにゆっくりとした朝を過ごし。。

10時台のフェリーで鴛泊(利尻島)⇒から香深(礼文島)へと移動。
それにしても、礼文島の玄関口の香深(かふか)って…
港町でもあるし「海辺のカフカ」きどりのクールな地名じゃないですか。。(何


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とりあえず、香深から一番近い景勝地ということで、、「桃岩展望台」へ
天気は上々ながら…「展望台」までのヒルクライム中は流石に暑かった、、


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絶壁の丘陵地形と真っ青な海岸線はNZにも似た、「少なくとも日本じゃない」絶景
手前に咲いてるような「紫系」の花がたくさん見られた


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遥か下方に見える海は、吸い込まれるようなblue…
礼文島の海は「これが本当の海の色なの?」と思うぐらいに綺麗
no wonderで海の幸が美味しいハズ


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元地灯台まで歩いた後、再び香深に戻って「食事処かふか」で遅い昼食
時間的にも体力的にも無理な計画はせずに…約20KM先の船泊(ふなどまり)の民宿「海憧」へ

2007年09月10日

●北海道ツーリング:4日目(稚内~宗谷岬~利尻島)

稚内まで来たからには、どうしても「日本最北」のあの宗谷岬には行っておきたい。。
でも、宗谷まで行くと(往復60KM)フェリーの本数も限られているので利尻島での行動時間が限られてしまう…というようなジレンマがあり、結局はまた朝5時出発で解決となりました。(苦笑

利尻島は思っていたよりも(離島にしては)車が多く(大型車も)、、
しかも急ぎ足での「島内一周」は決して快適な箇所ばかりではありませんでした。

もうちょっと風の少ない日に(笑)、ゆっくりと時間をかけて周りたかったという思いはあります。^^;


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例によって早朝、宗谷岬への道をひた走る


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日本最北の海岸線と"スノーホワイト" 遠くサハリンの島影は何処


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この「日本最北端」の碑がなければけっこう殺風景な場所…
しかしどこかチャリダー&ライダーを惹きつける魅力が、、


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結局目的の便には乗り遅れ… 11時台のフェリーに乗船
日本の北限まで来て、「東日本フェリー」という社名は如何なもの??


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「利尻富士」と呼ばれる北の名峰、利尻岳(1721M)

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午後2時半という時刻から島内一周を強行…
短めの「マンテンクライム」を経て、、辿り着いた「姫沼」で見た変な雲(笑


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オタドマリ沼で変わったトンボを発見(⇒”エゾルリヤンマ”??)

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ちょっぴり荒れていた(笑)様子の仙法志岬付近(島の南端部)…


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地図に載ってるくらい有名らしい「利尻の名水」
驚くほど冷たい天然水に活力をもらい、沈む太陽と競いながらペダルをこぐ、、


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遠く…(でもないけど)礼文島に沈む夕日
夕焼けに祝福され、島内一周も無事にコンプリート♪


2007年09月09日

●北海道ツーリング:3日目(知床~網走~旭川~稚内)

またまた完全なる移動日です。

しかも予想していたよりJRの特急が少ないので、、
網走~(旭川経由)稚内という大移動はかなりタイトな日程に。(汗

結果、知床(岩尾別)を朝5時前に出ることとなり…相当な長旅でした。


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大阪から、知人?の台湾人4人を連れて来ていたフレッタ(モノコック)乗りの方と遭遇

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今朝も道路沿いにシカ多し… ダッシュするエゾシカの子と下りで並走


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「移動日」にはもったいないようなお天気 背景はたぶん斜里岳


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無事に、予定どうり知床斜里駅まで到着
ここで「BD-1の旅」はおわり(苦笑


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網走からは、あの旭山動物園の旭川で乗り換え
特急「サロベツ」にて稚内まで…


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稚内に着いたのは午後6時前 夕焼けに染まる最北端の街は肌寒かった

2007年09月08日

●北海道ツーリング:2日目。(網走~知床斜里~知床五湖)

網走からJRで「知床半島に最も近い駅」、知床斜里まで輪行。

後は知床の自然を愉しみながら走り⇒知床五湖とできれば知床峠を満喫…
などと考えていましたが。。。

(五湖まで)走行距離が「たった50キロ」と思ったのが運のツキ。
完全に、知床の自然を舐めてました。(苦笑

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網走では同じく折り畳みに乗った女性2人組と遭遇 知床斜里までご一緒した、、


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ウトロまでは、綺麗な海岸沿いを走る爽快な道


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途中、国道沿いの川に昇るサケの大群を観察 ちょっと引くぐらいの数がいた…


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同じく国道沿いの「オシンコシンの滝」(知床八景)
迫力があり、マイナスイオンを浴びてリフレッシュ♪


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自転車or徒歩じゃなければ見逃しそうなところにある看板


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知床名物(?)のエゾシカさん
場所を問わず、なぜか道路沿いに多く出没(危ない


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世界遺産知床の大自然 ちょっと住んでみたい…?(ぉ
ただし目の前の「絶景」は「激坂」となって、軟弱自転車乗りに襲い掛かる。。


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知床五湖への到着はなんと3時前後に(汗
同じく自転車(ランドナー?)の方もおられた様子…


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五湖の絶景には眼を奪われ… 
遊歩道の静けさにはヒグマ出没に警戒(びくびく)しながらの散策(笑


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夕食は「僻地」、岩尾別ユースの「特大」ホッケ定食(カニ付き…!)

●北海道ツーリング:1日目。(苫小牧~札幌~網走)

苫小牧のフェリーターミナルから、札幌経由(?)で網走に向かいます。

JR北海道のフリーパスを利用して、特急「北斗」と「オホーツク」を乗り継ぎました。
こういうのを「移動日」ならぬ「輪行日」と言います。たぶん。。

ちなみに、苫小牧では3人、札幌では2人のチャリダーを発見しました。
この辺が、さすが北海道…。(汗


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「北の大都市」で森林浴…


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札幌はウワサ通りの、洗練された感じのする都市


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時計台ならぬ「時計タワー」が青空に映える


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JR札幌駅はなぜか異常に暑かった…
特急「オホーツク」で網走まで約5時間半の旅

2007年09月06日

●BD-1で走ったところ。(in北海道ツーリング)

主な走行場所と走った(大体の)距離は以下のようなかんじです。
各地のJR駅やフェリーターミナルへの自走も含めると、400KM近く走りました。(笑


・知床斜里駅~知床五湖(往復120KM程度)

・稚内市内~宗谷岬(往復60KM)

・利尻島一周(60KM)

・礼文島縦断+スコトン岬&澄海岬(60KM)

・札幌市内(40KM程度)

ちなみに今回の旅で、パンクは一回もなし
ほんとに、"スノーホワイト"というかBD-1はよく走ってくれました。w


●旅の装備品。(in北海道ツーリング)

基本的には、、

@"スノーホワイト"(BD-1)
@ドイターの「トランスアルパイン25L」

の2つです。(笑


ちょっと詳細(?)にいえば…

@輪行バッグ(純正イージーカバー改)
@保冷ボトル=ポーラーボトル
@携帯ポンプ=トピーク・マイクロロケット(シートポストに仕込み)
@サドルバッグ↓
:工具各種+タイヤレバー
:予備のチューブ1本
:パンク修理用パッチ
:ワイヤーロック=セーフマン

以下バックパック
@衣類
@サンダル=ウォルディーズ
@ウィンドブレーカー=モンベル・O.D.パーカ


↑のようなかんじでした。(軽装のような、そうでもないような…)
あとはサイフにカメラ、腕時計、方位磁石(笑)、エチケット品といったところ。


やっぱり、BD-1本体にバッグを付けた方が負担は少なくなるとは思います。。

ただし、フィールドというか観光地(つまりオフ・ザ・サドル)での行動を優先して、今回は使い勝手のいい大き目のバックパックを持って行きました。(自分的には悪くはなかったと思う)

2007年09月05日

●夏の北海道ツーリングwith"スノーホワイト"

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「最北限の島」礼文島で見た夕日


初の国内(個人)旅行というか、北海道旅行から帰ってきました。

「北の国」、北海道といえど…今年は異常に暑かったという話だし、実際に「涼しい」と感じることはあんまりなかった気はしますが。

こっち(本州)に帰ってくると、やっぱり気温は元より、湿度とかが全然違います。(苦笑

キャンプツーリングの装備なんかがあれば、正直、9月の中旬ぐらいまで滞在したかったな~とか。どーせ、TOEFLの結果は(早くて)今月末にやっとわかるらしいし。。

何より!天候にはかなり恵まれて、日ごろの行いの善さを実感(?)した旅でした。w

北海道の海の幸(特に離島)も最高でした♪♪
また来年も行く…!?